PINK SUBARU ピンク スバル

Pink SUBARU 東京5月16日まで上映中 大阪6月25日より上映
「カタチ」にしたいこと 映画監督:小川和也

c0226907_055278.jpg2001年9月11日、ワールドトレードセンターが崩壊するのをウエストリバーの対岸の友人宅から見ていた。気づいた時にはツインタワーのうち一本は既になく、テレビもインターネットもない友人宅では何が起っているのかわからない。「なんで一本ないの?なんで一本ないの?なんでイッポンナイノ?」僕はそれだけを連呼していた。まだ残っていたもう一方のビルからは炎が上がっている。火事か?その煙で見えないのか?いや、やはり一本ない?!その時、二本目が崩壊した。あまりの衝撃的な光景に、僕は思考と気持ちの収まりどころを見付けられずにいた。
その後アメリカはアラブとイスラム社会への恨みで湧いた。情報と規制で“恐怖”をあおり、“平和”という言葉を売り物にした。
その風潮に疑問を感じた僕は、事件現場にいた証人としていつか、記憶の断片を冷静に組み立て直し、何かのカタチにして伝えることが義務であるように思った。
5年間のアメリカ生活を終え、僕はイタリアに渡った。騒々しいニューヨークとは真逆のスピード感、トスカーナにある人口3000人の小さな村。そこでワイン農園を経営する宮川秀之さんの元で農夫として働き始めた。季節とともに生きる4年間のなかで、宮川さんと多くの時間を過ごした。彼は様々な偉業を成し遂げた人だけど、多くの困難や失敗もあったという。「失敗の方が多かったかもな、でも過程を楽しむ事が大切なんだ。
Process Enjoying!」宮川さんはいつもそう締めくくる。何があっても過程を楽しめる人間になる、それは難しい事だけれど、僕の人生の目標になった。
イタリアでのもう一つ大きな出会いは、アクラム・テラーウィだ。彼は、イスラエルのアラブ人街タイベ出身の俳優であり、舞台演出家である。農園近くの築200年の古家に、妻でオペラ歌手のジュリアーナ・メッティーニと共に暮らしている。世界各地で公演してきたという魅力的な二人に惹かれ、出会ったその日から意気投合した。僕らはすぐにチームとなり、アクラムの演劇、ジュリアーナの音楽、僕の映像を融合させた「平和の捕虜」と題したショーをイタリア各地で上演したり、学校で子供達に演劇や映像表現を教えていた。
2006年、アクラムの故郷タイベのテラーウィ家に招待された。イスラエルに到着して間もない頃、タイベの街を散策していると、走る車の多くがスバルであることに気がづいた。外国で日本製の車を見る事は珍しくないけれど、新旧とかくやたらスバルが多い。そのことを友人に尋ねると、この地でのスバルのストーリーを聞かせてくれた。スバルはこの地の希望の星なんだ、と。そして彼はにっこりと微笑んで言った。「和也はスバルの国から来たんだね。」
その夜、街には大きな爆発音が響いた。結婚式を祝うとても綺麗な打ち上げ花火だった。はっきりとした中東の濃紺の空に色鮮やかな光の帯が広がり溶けてゆくのをじっと眺めていた。その時、結婚式の「幸せの音」、人々の希望の星「スバル」が僕の中で一つになった。
どこであろうと幸せを追い求める人間共通の思い。9・11の時に感じた“何か”に僕なりの答えが見つけられる気がして、この思いを映画にしたいと脚本を書き始めた…。

Pink SUBARU ピンク・スバル:日本・イタリア合作、小川和也第一回監督作品。物語はイスラエル・パレスチナの境界に位置する車泥棒の街が舞台。紛争地の日常を描いた多国籍ヒューマンドラマ。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011にて、主要4部門のうち2部門(審査員特別賞、シネガーアワード)を獲得。第27回トリノ国際映画祭正式招待作品。
www.pinksubaru.jp
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by bulichellanippon | 2011-04-19 23:54
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ブリケッラ農園に腰を下ろして 早6年。有機栽培のぶどう オリーヴ 野菜 果物に囲まれた生活の中で 心がビオになっていく そんな農園で起こるできごとを お伝えしたく 四苦八苦で取り組んでおります。


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